24.Oktober.2014

ここ1年、小・中学校の先生になるための大学に行っている。
大学3年目、最終学年へ編入することができたので、もうその大学卒業資格は取って、
今は修士課程に進んでいるのだが、どうも自分には合わない、とうすうす感じ始めていた。
でも、シングルマザーとしてお金を稼ぐために、やらねばならない、とのジレンマとも戦っていた。

そんな矢先に、息子の世話を見てくれるという存在であるぱぱ氏との出会いもあり、
自分が7年間日本で、そして1年間だけドイツの大学での修士課程まで始めていた専門を、
思い切ってもう一度始めてみようかと考えている。

今の大学の教授に、私は先生としてはやっていけない、できたら昔の専門をもう一度勉強したい、と
ぽろりと話したのが2週間前。
あれよあれよと、元大学への入学試験再受験の準備のためにその大学の教授ともコンタクトを取り、
今の大学の授業にほぼ通わない状態での 仮在籍の状態での生活が始まっている。
これも、取り敢えずは今年の末まで。その後どうなるかは、今の大学の教授との交渉次第らしい。

元大学の入学試験は、2015年の1~2月。今の大学を除籍すると、滞在許可がなくなる。
すると、一度日本へ行く必要が出てくる。
それをするのは、息子もいるし、ぱぱ氏もこちらで勉強を続けているし、金銭的な問題もあるので難しい。
という私の状況を慮って、今の大学がうまく取り計らってくれた形だ。


そもそもなぜ昔、元大学を辞めなくてはならなかったかというと、赤父が私に対して暴力を振るったからだ。
その時点で息子はいなかったが、私の身を案じた両親が、すぐにドイツを離れるべきと判断し、
一度日本へ行くことになった。
その3ヶ月後、赤父への依存状態(というのか執着というのか)だった私は、誰にも行き先を告げずに
日本を脱走し、彼の元、ドイツへ戻ってきて、そこで半年後に更に暴力を受け、彼を通報し、
その後妊娠がわかった、とこういう流れだ。
…自分で書いていて、どこへツッコミを入れればいいか分からなくなるほどあほなことをしたと思うが、
事実は変えられない。


また始めようと思っている専門については、子供を産んでからは再出発をあきらめていた。
というのも、かなり勉強をしなければならない学科だったからだ。
卒業しても、職にありつける保証はない。
しかしながら、今のパートナーと会って、彼が自分の専門に没頭している姿を毎日見ていて、
羨ましさと悔しさがふつふつと湧いてきたのだ。
それを彼と話し合った結果、出来る限りはサポートするから挑戦してみればいい、と後押ししてもらい、
この決断と状況に至った。

当時は気が狂ったように勉強していた私だが、今は子供もいるし、昔のように時間は取れない。
それでも、集中して有効な時間の使い方をすれば何とかなる、と信じている。
それだけの価値は、私の専門にはある。
私が没頭できる唯一の勉強は、それだ。この決断は、間違っていない。


というわけで、5年前に比べて入学資格がかなり厳しくなっていると専らの評判の大学に挑戦してみる。
ひとまず、全力投球してきます。
やるぞ!(`・ω・´)

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2.Oktober.2014

とても有意義に過ごすことのできた夏休みも終わり、もう新学期が始まって1週間が経った。

去年、今の大学の大学3年生に編入して卒業していた私は、今年からいわゆる大学院生となって、
おそらくあと2年学生生活を送ることになるであろうと思う。
今の所は、私の専門を活かした活動はできていないけれど、そのための下準備はこつこつとしている。
うーん、やっぱり自分の専門の大学に入りたいなあ、とも思うのだけれど、
それは今の大学を卒業して、更に仕事をして、それでも情熱が消えていなければにしよう、
と自分を宥めることに成功した。
その頃には、なかなかいい年齢になっているとは思うけれども。。。


息子はぼちぼち2歳10ヶ月で、最近やっとうんちもトイレでできるようになった。
1ヶ月前から自主的に「トイレいくー」と定期的に毎日行き始めていたので、
おしめでなくパンツをはいていたのだが、毎日のように2,3度失敗する。
そこで、叱らずにそのまま「ああ漏らしちゃったねー」と直ぐに着替えさせていたら、
今度はまったく気にせずパンツに、しかもにやにやしながらおしっこするようになり、
このままではいけない、ということで少しちくっと言ってみたり
(「おしっこする子はパンにジャム塗れないね~」とか。)する。
それでも変わらないので、成功体験を積ませてモチベーションを上げる方向でいこう!と、
ぱぱ氏がすてきなトイレトレーニング表を作ってくれた。
 
toilette

ちなみに写真は、ぱぱ氏が書き込む紙。
私が書き込む用の紙も、違うデザインで違う場所に貼ってあり、
息子がおしっこをおまるでした時にはぱぱ氏と私からそれぞれハートをひとつずつ、
うんちをしたらトリちゃんのシールもひとつずつもらえるようにした。

それをはじめた途端に急にモチベーションが高まったようで、物凄い勢いでトイレに行きだす息子。
1週間目はそれでやる気が出ていたが、飽きっぽい子供のモチベーションがそれで続くわけもなく、
紙のデザインを度々変えたり、うんちをしたらもらえるトリちゃんの数を増やしてみたりする。
その間は幼稚園の休暇ということもあり、集中して頑張った息子。
そうして、ほぼ失敗なくおしっこをトイレでできるようになった。


しかし幼稚園に行き始めてから、毎日のようにおしっこに濡れたパンツとズボンと
一緒に家に帰る始末。
家の中が、ズボンとパンツからの手洗いで取りきれないおしっこ臭に満たされてくさくなったことが、
ちょっとしたストレスになった時期もあった。
息子にはまだ早いのかなあ、とか、おしめに戻してあげようか、とぱぱ氏と話し合ったものの、
パンツ続行という決議になる。


だがしかし、先日、ついに!朝はいていったパンツと、迎えに行ったときのパンツが一緒だったのだ!
今日はきちんと毎回トイレで済ますことができたらしい。ああ、よかった。
何が一番よかったって、息子がとっても誇らしげだったことだ。
そんな息子を見ることができて、母ちゃんも父ちゃんも嬉しいわー。

夜はまだおむつをしたまま寝ている息子だが、それでいいと思っている。
朝起きたときにおむつの中身が乾いている状態が続いたら、まあ、
パンツで寝るというのを試してみてもいいかな。

取り敢えず、お互いにある程度楽しんでやることができたので、よかった。
これからも、色々と息子と私たちに合ったやり方をどんどん見つけていけるといいなあ。


…という文章を投稿したと思い込んで、1週間放置していた。
いやあ、これはこれは。

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18.Juli.2014

息子もぼちぼち2歳8ヶ月。

トイレのことに関しては、私は全く急いでいない。
というのも、私自身が早くおしめを外そうとされていて、その反動で6歳くらいの時まで
おしめをつけ続けざるを得なかった、という経験があるからだ。

とはいえ、一応トイレについてこられて「ぼくもちっちするの」と言われたら、おしめを下ろしておまるにさせる、
ということはしている。
幼稚園の同じ年代の子達がトイレに行き始めているという現実もあるので、
幼稚園では気が向いたときには行っているようだけれども。
一度、私の友人の1歳上の息子さんの所で一夜を明かした翌日に、ぼくもぱんつをはく、と
頑固に主張されたので試したことがあったけれど、2時間で3つのぱんつを洗濯機送りにするという結果に終わり、
結局はおしめで過ごすに至った、ということもあった。

二ヶ国語背景での言葉取得に関しても、同じ年代の日本人夫婦の子供たちにくらべて日本語が
あまり上手ではないが、そこも私はあんまり気にしていない。
基本的にドイツ語生活なので、ルー大柴状態になることがほとんどなのは、もう仕方がない。
ちょっと耳につくのは、いわゆる外人発音で日本語をしゃべることだ。
でも、それも私が日本人パートナーを得たことで、少しずつ改善されてきた。
今日は「ごちそうさま!」をきれいな日本語の発音で言えたので、非常に感動した。
女性と男性の声で日本語を聞くことによって、日本語本来の発音を早く習得できているのだな、と感じる。
ありがたいことです。


家族って、家庭って何だろう。というのは長年考えていることだ。
私自身の経験からは、うまく定義できない。
というのは、毎週末に家族で顔を合わせるが憂鬱になるくらい、私の両親の仲が良くなく、更に残念ながら
信用できない人たちだったからだ。

今のパートナーとよく話し合うことや、付き合った直後から同棲状態になったという経験から言えるのは、
家族とはお互いの成長を支援しあう生活共同体だ、ということ。
私ひとりだったら、パンひとつの食事でも構わないが、彼が、もしくは息子がいるから
きちんとご飯を作って、サラダまで作って一緒においしくいただく。
ひとりではどんなに部屋が散らかっていても見ない振りをすることができるけれど、
他の共同体がいるなら、相手が気持ちよく生活できるように、部屋をきれいにする。
相手の発展もしくは成長を応援したいから、相手を尊敬しているから、そうするのだ。

自分は、相手にきちんと伝えたい気持ちをじょうずに表現できない。
ありがとう、では今の気持ちを全て伝えきることができないのだ。
私のパートナーも、刻々と変化していく人間として、ポジティブな意味で、昨日相手に伝えた言葉が今日も
適切に伝わるということはありえず、もし「大好きだ」と言うのなら、
それは現時点でのひとつの愛情表現として理解してほしい、と言っている。

それでも、私が相手のために気を遣って行動することで、きちんとキャッチしてもらえるものもある。
とはいえその行動を、当然のことだと受け取るのは自分勝手。感謝を忘れてはいけない。

泣き喚く息子を寝かしつけてくれ、その体験から何かを学ぼうとする、
更に、トイレのふたをしめる、という些細なミッションを私と息子のために果たそうとしてくれる、
夜に私だけが息子の面倒をみるというのは家族として不公平だと言って、彼もその仕事を担おうとしてくれる、
自分が私と息子の間に新しく現れたことでの、息子への影響の大きさの責任は当然取ると言い、
更に行動でも示してくれる、そんなパートナーの姿勢には、もう感謝の一言。

私とパートナーの関係だけでなく、息子を含めた、更にそこから出てくる新しい関係に、
いつもポジティブに向き合ってくれる彼には、ただただ頭が下がる。

新しい運命共同体として加わった私のパートナーを「ぱぱ」と認識してくれる息子にも感謝だし、
私は本当に幸せ者だ。そんな私の影響を受けて、息子の聞き分けもびっくりするくらいよくなった。
一日一日を、相手への感謝を忘れず、きちんと生きていかなくてはいけない。
そんな私たちを支えてくださる周りの人の存在を、きちんと意識しなくてはならない。

そんな気持ちになることができる、人生で一番満たされたな夏を過ごしているりりでした。
科された義務はきちんと果たし、小さな約束も守りながら、きちんと生きていかなくちゃ。

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6.Juli.2014

何だかんだと、例の男性との関係が始まって3週間ほど経った。
そして、私たちは家族になったようだ。

というのも、彼が私たちの所へ毎日のように「帰って」来るようになったからだ。
話せば話すほど理解が深まり、更には学び合い、お互いに気を遣い、サポートし合い、
息子もついには彼を「○○お兄ちゃん」から「ぱぱ」へと昇格させたのだ。

慣れない人にはびびって私の後ろに隠れる息子が、彼には、遠目で姿を確認した時点で走っていって
笑顔で抱きつく始末。
先日は二輪のクローバーの花を摘んできて、「これまま」「これぱぱ」とひとつずつ渡してくれた。
これにはふたりして大感動。
ありがとう、と言ったら、息子は私と彼を「ぎゅー」と言って一度に抱きしめてくれた。


ぱぱ氏は私との関係を始めるにあたり、息子あっての私と付き合っているので、
息子の責任を取るのは当然だ、と言ってくれ、息子との二人きりの時間を作りたいとの提案や、
げりぴーおしめの始末までこなしてくれた。
具体的には、定期的に幼稚園へ送り届けるという役を買って出てくれるようになった。
息子が、私がいない間の不安をぱぱ氏に和らげてもらうという経験を積むことによって、
息子とぱぱ氏の関係をももっと深くしていきたい、という理由からだ。
そしていつか、ぱぱがいるから大丈夫、という安心感を与えられるように。

「これを3回繰り返したらおしまい」「これをしたのならお出かけできる」という小さな約束事も
きちんと誠実に守り、息子がわがままを言って泣き喚いても落ち着いてきちんと対応するぱぱ氏には、
ただひたすら尊敬する。
あーたは私よりも親らしいなあ、と言ったら、数週間やそこらじゃ私の苦労なんかわからないよ、これからでしょ、
と笑って答えていた彼には、もう頭が下がる。

面白いのが、彼がうちに帰ってくる度に、今日私が買った食料品とほぼ同じものが彼の鞄から飛び出してくることだ。
いやあ私たちは本当に似てるねえ、とげらげら笑えば、でもこれに甘えていてはいけないね、と私を諌める彼。
いやもう本当におっしゃるとおり…。

彼との付き合いで明確になったのが、私は感情を素直に外に出せていない、ということ。
悲しい、悔しい、苛立たしい、という感情を押し殺して、
そこに「諦め」という笑顔をかぶせてごまかしていると分かったのだ。
赤父との争いでも、もう泣くとか以前に、もうどうでもいいから早く忘れてしまいたい、という気持ちがあった。
でも、怒ってよかったのだ。
悔しがって、悲しんでよかったのだ。
約30年の人生でまた新しい自分を発見できたことも、とてもありがたいこと。
彼との会話は、心理カウンセリングよりもよっぽどいいセラピーだわな。

無意識に私が求めていたことも、彼を通して分かった。
目覚めたときに、息子とぱぱ氏が抱き合って寝ているのを見て、これだ、と思った。
素朴なしあわせ。ただそれだけだったのだ。

今まで、誠実に生きてきた甲斐があったなあ。
これからも、きちんと良心に従って生きていける自分でもって、一日一日をきちんと生きていきたい。

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15.Juni.2014

困ったなあ、と思うのが、1年来の尊敬できる友達だと思っていた人から気持ちを打ち明けられた時だ。


数日前に失恋した話を彼に話した頃から、どうも話題に恋愛話が入ってくるなあとは思っていたし、
休暇中である私のことを、たくさん散歩やらご飯にさそってくれるなーとは思い、そっちの方向か…と
赤ランプが頭の中で点いていて、来週にはちょっと距離置くべさ、と思っていた矢先の先制攻撃。
予想していたとはいえ、直接言われると、頭真っ白。どうしよう、どう諦めてもらおうか、との思いが頭を過ぎり、
私が時折舞台に上がるから特別に思うんだろう、とか、この学校の日本人の中で選択肢が少ないから
私を選んだだけだろう、なんて説得してみるも、彼の鮮やかな論理で否定される。
シンプルに言えば、「そんなの関係ねえ」というやつだ。
なんで諦めてもらいたいのか、と聞かれたら本当に困るけどさあ。本能的なものなのよね。
私はややこしいからやめたほうがいいと言えば、じゃあ何がややこしいのか教えてください、と真剣に返される始末。
…いい質問だ。私にも分からんが、そう言ったほうがいいと思っただけだ。理由はない。


一番じーんと来たのが、私の事を尊敬しているし、応援しているという形でのお付き合いがしたい、ということ。
私の5年来の過去(赤父とのこと)を知った上での決断かと尋ねれば、
その話は私は彼にどうも話していないようだし、彼は私の過去に興味はなく、今の私に惚れたのだという。
話したければ聞きますけど、別に必要ないですよ、と。
私を幸せにします、なんてことは言わず、物件紹介をするように「俺はいい案件っすよ、っていうのも
料理作れますし、面白いですし、何よりまずりりさんと一緒にいて学べるし楽しいのがうれしいんす」
とアピールが来た。うん、それは私もまったくもって同じ意見だ。
話題は尽きず、会って話をする度に死ぬほど笑かしていただいたり、笑かしたりしている。

すべては彼のやり方で、どうも「いや、こないだ読んだ本がとっても興味深かったんですよ、っていうのも以下略」
というような感じで淡々と、笑いをちりばめたように、しかしとってもストレートに報告された感じだった。
本人も、自分はこんな感じで、内心どっきどきして心臓口から出そうでもポーカーフェイスなので、
恋愛の時も相手にあんまり気付かれないんす あはは、なんて言っている。
でもこの感じを変えたら俺じゃないので、変えることもできません、と。


生まれて初めて、笑顔が可愛いだの君の瞳が以下略だから一緒にいたい、とか、見てくれでなく、
私をひとりの人間として魅力的かつ尊敬できると言ってくれる奴に会った。なんということだ。
うれしいなあ。今まで約30年間、とくにここ7,8年頑張ってきた甲斐があったかな。

あんまりにもいい奴なので、私なんぞ選ばずとも…とも思ったが、それを言うと彼をも否定することになると思うので
否定せず、彼に評価された自分を認めて、受け入れることにしようと思う。これも自分にとってはハードルだけど。

私は、すごい。尊敬されるに値する人間なんだよ。がんばったね。って、ここがゴールじゃないけどね。

お付き合いとなると彼の母のようにお世話をするような関係をもっていたけれど、これをもってお開きとなりそうだ。
友人たちにも「りりは彼氏の母じゃないし、相手を変えることなんかできない。
同じ目線で同等に付き合える相手を選びなよ。」と説得されていた、というエピソードもあり…。


問題は、私はドイツで骨をうずめたいし、そして彼は学業を終えたら日本で働くつもりという点。
彼みたいな人格は日本で必要とされるだろうと思う。うまくいい表せないが、奴は、すごくでかい。
だからといって、彼のために無理無理日本に行きたくもないし、私のためにドイツに残る選択肢を
彼が取らざるをえない、というのも絶対にいやだ。ということで、ここはちょっと大変になるかも知れない。


ええっと、まずはお互いの敬語をなくして、ゆっくりと知りあうところから始めようかなあ、なんて思っている。
(年下なれど、その落ち着きはどう見ても20代には見えないので、ずっと敬語で話していたのだ。)
未来は、神のみぞ知る。


…とりあえず、返事を待ってくれている彼に、明日きちんと話をしてこようと思う。
今後の展望やら、彼の考えに関していくつか明らかにさせたい所もあるので、
まあその返答しだいでは、お付き合いということになるかねえ。
いやはや。

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3.Juni.2014

2ヶ月おきの日記かい?と言いたくなりそうな感じだけれども…
いろいろがんばっていました。

まず、卒論を書き終えたのが一番の達成感かもしれない。
最低30ページ、作業期間5週間、という、他の一般的な大学に比べてかなーり楽な条件だったのだけれども、
それでもひーこら言ってしまった自分が情けないような気もする。
卒論提出日が、3週間の教育実習の直後ということもあり、もうどうすればいいのかしら、
と目の前が真っ白になっていたけれど、
教育実習1週目を終えた時点で書き終え、校正をしてくれる友人に回すことができたので、まあ大丈夫だった。
…でも、5週間前に赤ちゃんを産んだばかりの友人が、非常に熱い情熱でもって
私をサポートしてくれた事実には大感謝!ラップトップの前で授乳しながら、助けてくれたよ!笑


とはいえ校正にギリギリになって、内容の訂正が疎かになったのが今回の反省点。
同じ大学にいる人に、かなり頻繁に助けていただいたのだが、なんだか最後のほうには
意識が朦朧としてきて、「もうこれでいいや…」という気持ちになってしまったのは否めない。
提出して1週間し、落ち着いた時点で改めて読み直してみたら、「え、これ前の章でも言及してたじゃん」とか、
「いや、この章の始めに投げかけた問いに対する答えが出ていない上に、内容がぐるぐる回っているよね」
という事態になっていて、情けないやら、悲しいやら。

そのことで打ちひしがれている暇もなく、その卒論のプレゼンテーションが、提出3週間後、つまり今日だった。
ちなみに、うちの大学ではパワーポイントはなるべくなしで、という風潮。
プレゼン20分+質疑応答ということで、一人あたり30分用意されていたのだけれど、
その20分という時間を甘く見すぎて簡単すぎるプレゼン内容にしてしまい、
10分で終了、というなんともイタいことになってしまった。
教育実習では、プランしていた授業内容が多すぎて90分で収まらなかったので、今回のプレゼンでは
少なめに見積もるくらいがちょうどいいだろう、と考えていたのが間違っていた。20分、長い。。。

とはいえ、教授がなんとか頑張って、私が書いた内容を皆の前で発表できるようにうま~く
誘導質問してくれたおかげで、何とか与えられた時間を埋めることができた。感謝。

もちろん完璧にはいかなかったけれど、なんとか乗り越え、ポジティブな評価も得ることができ、
筆記試験もクリアし(でもドイツの一般大学に比べたらかなり楽なレベル)、
何とかこの学科での大卒資格は得られそうだ。


驚きだったのは、定められた日時に卒論を提出したのが、生徒全体の20%以下だったという事実。
延長願も出さずに、「まあ当日に何とか言い訳すりゃなんとかなるっしょ、うちの大学甘いし」
というノリがあったんじゃないかと思う。
流石にこの結果には、いつも温和な教授陣も軽くぷっちんしていた。私も、びっくり。
同じ条件下に置かれている、シングルマザーである私ですら期日提出できたのになあ、
なんてずうずうしいことも少し思ったり…。

更に卒論要項をよく読んでいない生徒が意外にも多い。
卒論のはじめには必ず「要約」をつけること、とあったのに要約なしで提出した人、多数。
提出2日前に「フォントと行間の規定を教えて」とメールリストでまわしてくる人もいる始末。
おーい、卒論規定はだいぶ前にメールリストで回ってきたぞ。受信メール内検索をすりゃいいでないの。
ドイツ人は規律にまじめだというけれど、いやあ、私はあんまり信じないよ…。
人によるのかも知れないけれど。いやはや。


でもそもそも全提出期間を守ることができたのは、私の息子が健康でいてくれて、幼稚園に通っていてくれたお陰だ。
卒論がかけなくて、息子にあたった日もあった。
寝る前の絵本読みを、疲れたからできないわ、今日は寝てけれ、と理不尽に延期した日もあった。
それでもにこにこ元気でいてくれる息子に、たくさん感謝をしたい。

実は今、高すぎる保育費・家賃の大幅な賃上げ、みつからないベビーシッター(見つかっても払えなさそうな予感)、
なぜか減っていくママ友(´;ω;`)のことで、金銭、そして精神的にかなりぎりっぎりなのだけれども、
何とかならあな、と上をにらみつつ頑張りたい。

は、早く働きたい。ぐふっ。あと2年耐えなければなあ。

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