7.Juli.2013

あんな風に明るくなりたいなあ、と密かに憧れていた高校の同級生から、
子持ちの人で集まって同窓会をしよう、と一斉メールが送られてきた。

場所は、おそらく東京のどこぞのレストラン
現在の予定人数は約10名のママとその子供たち。

彼女たちは更に、自身かその旦那さんがかなりの富裕層。
趣味はおいしいレストラン、かわいい子供服探し等々。

開催場所からして欠席決定っちゃ決定なのだけれども、
襟元の黄色くなった服や譲ってもらった服を着て、リュック背負って、
靴底磨り減ったズックを履いて、子供服を中古品店であさっているシングルマザーの私は、
残念ながら話についていけない気が、そこはかとな~く、する。

息子のことを聞かれるのも、またちょっと面倒だ。

先日日本に行った際、息子に対して
「ハーフの子はかわいいよね」「目が大きくて羨ましい~」「ハーフの子を持てて羨ましい」
などなど、主に外見に関するコメントが多く寄せられた。

なんだかなあ。
はあそうですか、としか返せない。そして後でこれを思い出して、またため息をつくのだ。

うまくまとめられないが、そういう会話が繰り返されることを考えると悲しくなってしまうので、
やっぱり同窓会はちょっと面倒くさい。
シングルマザーであることは恥ずかしいと思っていないし、息子のことを頑張って育てている
自分を誇りに思ってはいるけれど、そういう「典型的、そして憧れの幸せ」に満ちた集団の中に
身を投じるには、やっぱり勇気が必要なのだ。


勿論みんなそれぞれ人生の課題と立ち向かっていることは分かっているけれども、
その場にいたら、なんだかみじめちゃんになりそう。
ある意味ものすごく目立っちゃうだろうから、もう想像するだけで困っちゃう。

…いやいや、だからこそサインを求められちゃうかも知れない。
今から練習しておこうかな!まずは筆と半紙を手に入れなきゃね!
ヘアスタイルを整えるために、散髪はさみでも買ってくるか?
握手を求められた時のために、爪はちゃんと切っていこう!

というわけで、土日連続でピクニックを決行したために、ただ今ぐったりと昼寝中の
息子の横に身をすべりこませようと思う。おやすみなさい。


皆さん同窓会はどのように対応してらっしゃるのでしょうか。面白いエピソードなどありましたらぜひお聞かせください!

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3.Juli.2013

エスカレーターに乗っているとき、ベルトと階段の速度が急に一致しなくなることがあって、
バランスを崩し、転げ落ちそうになって背筋がヒヤッとする近頃。一体誰の策略なのか。


自然なドイツ語がしゃべれたら、と思ってタンデムパートナーを探しているが、
週末なら息子と一緒でよければ会って話せます~とメールに書くと突然連絡が途絶えるのは何故か。
君たちは一体何のパートナーを探しているのだ。


息子が近頃、自分の写真を見ると、指差して「ぱぱ」と言う。
「ぼく」と言いたいんだよね?と聞いてみるが、それでもぱぱだと言い張る。
苦い思いで、本当の「ぱぱ」の写真を引っ張り出してきてこれがぱぱだよ、というものの
彼としては、それはぱぱではないらしい。
どういうことなのか。


1歳になる前あたりから、気がふれたように大量にバナナを消費していた息子だが、
その反動か、最近は全く食べたがらない。
代わりに、事あるごとに「りんよ(りんご)」を要求してくる。
あと3ヶ月もしたら、一生分のりんよを食べつくしてしまうのではないだろうか。


気が向いたのでカトリック教会のミサに寄ってみたら、パイプオルガンの演奏が始まった途端に
きゃああと叫びながらその場でぐるぐる回って、両手を上げ下げして踊りだす息子。
しーんとしている上によく響く教会で叫ばれ、針のむしろになる私。
それ以前に、賛美歌って、歌って踊れる曲なのか。キリスト困ってたんじゃないだろうか。


我が5階建てアパートは、密集した居住区にある。窓の外の眺めは、道路を挟んだ向かいの
5階建てアパート。
私が窓際に置いてあるテーブルでご飯を食べていると、カーテンを透かして、
お向かいのアパート住人がバルコニーで何をしているか、よく見える。
特によく見えるのが、70代くらいのご夫婦のバルコニー。

一天にわかにかき曇る天候になると、思わずカーテンを引いて外の様子を窺い、
集中豪雨の始まりの一粒を目にしようとわくわくする私だが、
それと同時に目にするのが、同じようにうきうきと空を眺めるお向かいのご夫婦。
雪が降り始めたら降り始めたで、車の上に降りたって消えてゆく柔らかい雪に見とれる私だが、
それと同時に目にするのが、同じようにうっとりと下界を眺めるお向かいのご夫婦。

私たち、気が合うんじゃないだろうか。


---

日中は35℃を越えるかと思えば、朝は12℃くらいになったりと激しい温度差の6月だったけれど、
風邪も引かずに健康でいられたのはありがたいことだなあ。


2ヶ月の間にメール下さった方々、どうもありがとうございます。とても嬉しかったです!ついでにぽちっとお願いします♪
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1.Juli.2013

2ヶ月の間、色々とあった。

まずは、私の今後のこと。
進もうと思っていた道をやはりやめて、他の方向へ行こうと思ったものの、
金銭的な問題が浮上し、元通りのプランを進めることに決めた。

ドイツの、厳密には違うかも知れないが、学業奨励システム様々だ。
学生になるわけではなく、知識をさらに積み重ねていくという形の学問なので、
引き続き失業金を少なくとも2年は受給できるのだ。
これでひとまず、母子そろって路頭に迷わなくて済む。

これから学ぶことになるのは、知れば知るほどため息をつきたくなるほど特殊な方向。
それにも拘らず選んだのは私の好み云々よりも、合理的に生き延びるため。

と、ちょっと自己満足な自己犠牲と響く所だが、そもそも生きていく中で、
100%満足のある環境というのが存在するかと考えてみれば、疑わしい。
私は私の置かれた状況で自分の可能性を試し、どうあっても納得できなければ
暫く働いた後で進路を変えればいい、と考えたら少し楽になった。

ちょっとキリスト教が絡んでくるが、「置かれた場所で咲きなさい」という本に助けられた形だ。
宗教の云々抜きにしても、すさんだ心に響く本だった。


ちなみに母は大腸を半分失い、更にびっくりするほどげっそりしたものの、
笑うわ愚痴るわ酒は飲むわで取り敢えず元気そうだった。
息子の、周りをも巻き込む輝く生命力にあてられて、両親が非常に楽しそうにしていたのが印象的。

息子ができること、息子がいることというのに感動しているふたりを見て、
これは当然なことではなく、特別なことなのだと実感し、
叱らなくてもいいような小さなことでカリカリとしてしまう、自分の余裕のなさに気づいた。
太陽のように、雨の日が続いたことで有難みに気づく、といった感じだろうか。

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というわけで、1歳半も無事過ぎ、よろこんでアンパンマンを伸す息子と、うまくやっていこうと思う。

広い場所に行くと、うわははははきゃああああ、と興奮して走り出す息子に振り回されてます…応援のぽちをお願いします!
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23.April.2013

ふと、ひと月ほど日本に行こうかと思い立ち航空券の予約をしたところで、
8年前に乳癌の手術をした私の母への、新たな癌宣告。今度は大腸癌だという。

日本に行ったら、温泉に行ったり、私の祖父母を訪ねたり、息子を一晩両親に預けて飲みでも…と
計画していたけれど、私と息子が日本に着くころも、母はまだ入院中らしい。
ということで、家と病院の往復をする日々が待っているようだ。


正直言って、私は両親に、人生に関して様々なトラウマを植え付けられた訳だけれど、
こういう状況になると、その事実が「些細なこと」へと変わる。
それが、現在の自分の苦しみを否定するようで苛立たしいような、
自分の心が問題から解放されるのでいいような、確かなのは、現実を認めたくないという気持ちだ。

2度目の癌宣告を聞いたとき、ああ母の「時間」が来たのだな、と
現実を妙に客観的に捕らえ、母の死後を現実的にシミュレーションしてみたものの、
今の私の日常が、急に無音映画のように、淡々と流れていくのを感じた。

息子は、祖母が亡くなってから4日で、安産でこの世の光を見た。
母が死ぬとして、これから起こるポジティブな出来事を、私は、母のお陰であろうと
涙ながらに天を仰ぎつつ、受け止めるのだろうか。

母が死ぬと決まったわけではない。大腸癌が完治する確率は、7、8割であるという。
「二病息災だよ」と、にやにやいつも通りの日常を送ることができる可能性の方が高い。
それにもかかわらず、真綿で首を絞められているような、意外で静かなダメージが私に被さっている。


現実を認めようが認めまいが、楽観的も悲観的にも、つまりは、そういうことだ。
私の母は、一人しかいないのだ。
癌が治るにせよ治らないにせよ、人はいつか死ぬ。

息子も、私の死後に、私を恨みながらもそんな思いに耽るのだろうかと、
ちょっとした安堵と罪悪感を同時に与えてくれる煙草を灰に変えながら、ぼんやりと思う。

30代半ばの兄は兄で、近頃血便が続いているという。
祖父は前立腺癌で亡くなった。
これはあれか、私にも癌細胞の挨拶が近々来るということか。

私は、人は人生で何か意味のあることを成し遂げてから死ぬと思っている。
自分がそこまで辿り着いていない自覚があるので、死に対して恐れを抱いていなかった。
私にはまだ、たくさんやることがある。私は未熟である。よって、私は早死にしないだろうと。

私が死んだら、息子は孤児だ。
私は、何を息子に遺してやれるのか。
私がこれから成そうとすることに、何か意味があるのだろうか。

突然の厭世観と無力感に襲われつつ、日本へ発つ日が迫る。


今息子とできること-旅行に行ったりテーマパークに行ったり、
くだらなくても読みたい本や映画を観きったり、
今したいことを、今すぐにしないといけないような気がしている。
何がベストかはわからないが、手遅れになる前に。
人は、いつ死ぬか分からないのだから。


取り敢えずは、自分自身の癌の検査にでも行ってきます。
健康でいる努力は怠らないようにせねば。




27. März.2013

ひと月経つうちに、色々あった。

まずは、語学学校を終えて、修了証書を得ることができたことが、まず大きなできごとだ。
13人いたクラスメイトが、修了試験の頃には9人になり、更に合格したのが2名というサバイバルだった。
その証書でもって語学能力を証明でき、大学本入学も可能になり、ひとつ荷物が減ったことがうれしい。

ふたつめは、精神療法(Psychotherapie、心理カウンセリングのような)を受けはじめることができたこと。
大変人気なため、ドイツでその療法を受けようと思ったら、普通は1年半ほど待たなくてはいけない。

しかしながら今、2012年の7月から新しく始まったAOK Facharztprogramm というシステムに助けられ、
あっという間に療法士と約束を取り付けることができ、とんとんと療法が開始された、とこういうわけだ。


実は私は既に、息子が脳内出血で入院している際に、そこの病院付きの精神療法士に、
2時間だけ「お試し治療」をしてもらっていた。
(ドイツの大きな病院には、大きな手術を待つ、もしくは終えた患者やその家族に対しての精神的ケアを目的とした
精神療法士がいる。弱った心には、大変ありがたいシステムです…)

そこで、私自身理解できなかった、私が子供の頃とっていた謎の行動の理由を説明していただいた所、
心の霧がぱあっと晴れ、太陽が差し込んだのだ。
更に、当時の、子供であった自分を許してやれるきっかけをいただけた。たった2時間でだ。
何がすごいって、ふんふんと私のとりとめもない話を聞き、ずばっと核心をつくような質問をしてくる所だ。
その質問に答えながら、「ああ、これが理由だったのだ…!」と、体の芯がしびれるような感動を味わった。
今まで自分に負わせていた枷から、あっという間に解放された、という感じだろうか。

今までずっと責めていた自分を、どんどん認めてもらい、その理由を説明され、許してもらえ、楽になる。
これはまじでハマります。笑
療法が終わったら、違う自分に会えるのだろうか、と思うと結構わくわくする。


学生が始まる9月まで、学科の準備に関する計画も色々とある。
これからの起こるであろう素敵なことを見逃さず、いいコンディションで迎えられるといいな。

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27.Februar.2013

自分は本当に説得されやすい性質というか、なんというか。
ここ数週間、野菜のみで過ごす生活をしてみていたのだが、
その間に色々と、家畜の扱われ方や環境問題に関する情報を収集するにつれ、
肉を食べずに生きることに、意義を見出した、というわけだ。

肉なしで過ごす時に問題になるのが、鉄分の摂取。
肉のみに含まれる特別な栄養素というのは存在しないようだが、
肉からの鉄分は、植物からの鉄分よりも摂取されやすいのだそうで…。

息子にも、肉なしで生きていってほしいと思っている。
1~3歳児は、1日あたり8mgの鉄分を必要とするそうだ。成人女性は15mgだとか。
鉄分は、脳の成長に影響する大事な栄養素らしいので、
鉄分が多く含まれる穀物を重点的に、そして同時にビタミンCを
採ることを忘れず、食生活に気を遣っていこうと思う。

とりあえず、ケバブ・ブラートヴルスト生活から脱却した私。
肉大国ドイツではちょっと生きづらくなるかも知れないけれど、
毎日のご飯が野菜で色とりどりになること、そして新しい穀物を一通り試していくことに
楽しみを感じている今日この頃。



最近、保育所の面談に行ってきた。
今まで息子が幼稚園でどのように成長してきたか、家での様子はどうかを話し合う、良い機会。

そこで知ったのが、彼はご飯のお替わりをしたいときに「ビッテ!」といいながら手をぱちぱちできること。
その場で保育士さんが「ほら息子、ビッテ」と促すと「あっててて!」と言いながら手を合わせるではないか!
「て」しか合ってないのはいいとして、知らなかったよ…。そんな技を覚えていたのか。
そういえば最近家での食事中に、妙に頻繁に手を合わせるなあと思っていたのだが、やっと合点がいった。

ナイン(だめよ)、も理解しているらしい。そういえば最近頻繁に「ない、ない、ないー」と言っているので
「何が無いんだい、あるじゃないか」と返していたのだが、あれはもしかしてナインだったのか。
大丈夫か、私。
「やめなさいよ」を理解していることは知っている。
注意した直後、ニヤッとしながら私を振り返るのだ。色々と分かってるな…。

更に、ご飯はほぼスプーンで食べられますよ、とも聞いて衝撃。
しまった、家では未だにかいがいしく食べさせていたよ。

保育所に来た当初は、泣いている子を見て爆笑していたらしい(…)息子だが、
最近は、泣いている子にある程度の距離を保って近寄り、真顔でじっと見ているらしい。
慰めようとしてるんですよ、とは保育士さんの談だが、そうだとしたらすごすぎる。

そんなこんなで、息子の能力を大いに低く見積もっていた、と反省できた、今回の面談。
これから、もっと上の年代の子として接していかないといけないな。
子供たちは、親が何かを言うよりも、子供同士でお互いに刺激し合って、色々なことを覚えていくのだなあ。


近頃 うーま!(馬)を覚えて、日々楽しそうに連呼している息子に、ぽちっとお願いいたします。
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