18.Juli.2014

息子もぼちぼち2歳8ヶ月。

トイレのことに関しては、私は全く急いでいない。
というのも、私自身が早くおしめを外そうとされていて、その反動で6歳くらいの時まで
おしめをつけ続けざるを得なかった、という経験があるからだ。

とはいえ、一応トイレについてこられて「ぼくもちっちするの」と言われたら、おしめを下ろしておまるにさせる、
ということはしている。
幼稚園の同じ年代の子達がトイレに行き始めているという現実もあるので、
幼稚園では気が向いたときには行っているようだけれども。
一度、私の友人の1歳上の息子さんの所で一夜を明かした翌日に、ぼくもぱんつをはく、と
頑固に主張されたので試したことがあったけれど、2時間で3つのぱんつを洗濯機送りにするという結果に終わり、
結局はおしめで過ごすに至った、ということもあった。

二ヶ国語背景での言葉取得に関しても、同じ年代の日本人夫婦の子供たちにくらべて日本語が
あまり上手ではないが、そこも私はあんまり気にしていない。
基本的にドイツ語生活なので、ルー大柴状態になることがほとんどなのは、もう仕方がない。
ちょっと耳につくのは、いわゆる外人発音で日本語をしゃべることだ。
でも、それも私が日本人パートナーを得たことで、少しずつ改善されてきた。
今日は「ごちそうさま!」をきれいな日本語の発音で言えたので、非常に感動した。
女性と男性の声で日本語を聞くことによって、日本語本来の発音を早く習得できているのだな、と感じる。
ありがたいことです。


家族って、家庭って何だろう。というのは長年考えていることだ。
私自身の経験からは、うまく定義できない。
というのは、毎週末に家族で顔を合わせるが憂鬱になるくらい、私の両親の仲が良くなく、更に残念ながら
信用できない人たちだったからだ。

今のパートナーとよく話し合うことや、付き合った直後から同棲状態になったという経験から言えるのは、
家族とはお互いの成長を支援しあう生活共同体だ、ということ。
私ひとりだったら、パンひとつの食事でも構わないが、彼が、もしくは息子がいるから
きちんとご飯を作って、サラダまで作って一緒においしくいただく。
ひとりではどんなに部屋が散らかっていても見ない振りをすることができるけれど、
他の共同体がいるなら、相手が気持ちよく生活できるように、部屋をきれいにする。
相手の発展もしくは成長を応援したいから、相手を尊敬しているから、そうするのだ。

自分は、相手にきちんと伝えたい気持ちをじょうずに表現できない。
ありがとう、では今の気持ちを全て伝えきることができないのだ。
私のパートナーも、刻々と変化していく人間として、ポジティブな意味で、昨日相手に伝えた言葉が今日も
適切に伝わるということはありえず、もし「大好きだ」と言うのなら、
それは現時点でのひとつの愛情表現として理解してほしい、と言っている。

それでも、私が相手のために気を遣って行動することで、きちんとキャッチしてもらえるものもある。
とはいえその行動を、当然のことだと受け取るのは自分勝手。感謝を忘れてはいけない。

泣き喚く息子を寝かしつけてくれ、その体験から何かを学ぼうとする、
更に、トイレのふたをしめる、という些細なミッションを私と息子のために果たそうとしてくれる、
夜に私だけが息子の面倒をみるというのは家族として不公平だと言って、彼もその仕事を担おうとしてくれる、
自分が私と息子の間に新しく現れたことでの、息子への影響の大きさの責任は当然取ると言い、
更に行動でも示してくれる、そんなパートナーの姿勢には、もう感謝の一言。

私とパートナーの関係だけでなく、息子を含めた、更にそこから出てくる新しい関係に、
いつもポジティブに向き合ってくれる彼には、ただただ頭が下がる。

新しい運命共同体として加わった私のパートナーを「ぱぱ」と認識してくれる息子にも感謝だし、
私は本当に幸せ者だ。そんな私の影響を受けて、息子の聞き分けもびっくりするくらいよくなった。
一日一日を、相手への感謝を忘れず、きちんと生きていかなくてはいけない。
そんな私たちを支えてくださる周りの人の存在を、きちんと意識しなくてはならない。

そんな気持ちになることができる、人生で一番満たされたな夏を過ごしているりりでした。
科された義務はきちんと果たし、小さな約束も守りながら、きちんと生きていかなくちゃ。

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6.Juli.2014

何だかんだと、例の男性との関係が始まって3週間ほど経った。
そして、私たちは家族になったようだ。

というのも、彼が私たちの所へ毎日のように「帰って」来るようになったからだ。
話せば話すほど理解が深まり、更には学び合い、お互いに気を遣い、サポートし合い、
息子もついには彼を「○○お兄ちゃん」から「ぱぱ」へと昇格させたのだ。

慣れない人にはびびって私の後ろに隠れる息子が、彼には、遠目で姿を確認した時点で走っていって
笑顔で抱きつく始末。
先日は二輪のクローバーの花を摘んできて、「これまま」「これぱぱ」とひとつずつ渡してくれた。
これにはふたりして大感動。
ありがとう、と言ったら、息子は私と彼を「ぎゅー」と言って一度に抱きしめてくれた。


ぱぱ氏は私との関係を始めるにあたり、息子あっての私と付き合っているので、
息子の責任を取るのは当然だ、と言ってくれ、息子との二人きりの時間を作りたいとの提案や、
げりぴーおしめの始末までこなしてくれた。
具体的には、定期的に幼稚園へ送り届けるという役を買って出てくれるようになった。
息子が、私がいない間の不安をぱぱ氏に和らげてもらうという経験を積むことによって、
息子とぱぱ氏の関係をももっと深くしていきたい、という理由からだ。
そしていつか、ぱぱがいるから大丈夫、という安心感を与えられるように。

「これを3回繰り返したらおしまい」「これをしたのならお出かけできる」という小さな約束事も
きちんと誠実に守り、息子がわがままを言って泣き喚いても落ち着いてきちんと対応するぱぱ氏には、
ただひたすら尊敬する。
あーたは私よりも親らしいなあ、と言ったら、数週間やそこらじゃ私の苦労なんかわからないよ、これからでしょ、
と笑って答えていた彼には、もう頭が下がる。

面白いのが、彼がうちに帰ってくる度に、今日私が買った食料品とほぼ同じものが彼の鞄から飛び出してくることだ。
いやあ私たちは本当に似てるねえ、とげらげら笑えば、でもこれに甘えていてはいけないね、と私を諌める彼。
いやもう本当におっしゃるとおり…。

彼との付き合いで明確になったのが、私は感情を素直に外に出せていない、ということ。
悲しい、悔しい、苛立たしい、という感情を押し殺して、
そこに「諦め」という笑顔をかぶせてごまかしていると分かったのだ。
赤父との争いでも、もう泣くとか以前に、もうどうでもいいから早く忘れてしまいたい、という気持ちがあった。
でも、怒ってよかったのだ。
悔しがって、悲しんでよかったのだ。
約30年の人生でまた新しい自分を発見できたことも、とてもありがたいこと。
彼との会話は、心理カウンセリングよりもよっぽどいいセラピーだわな。

無意識に私が求めていたことも、彼を通して分かった。
目覚めたときに、息子とぱぱ氏が抱き合って寝ているのを見て、これだ、と思った。
素朴なしあわせ。ただそれだけだったのだ。

今まで、誠実に生きてきた甲斐があったなあ。
これからも、きちんと良心に従って生きていける自分でもって、一日一日をきちんと生きていきたい。

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15.Juni.2014

困ったなあ、と思うのが、1年来の尊敬できる友達だと思っていた人から気持ちを打ち明けられた時だ。


数日前に失恋した話を彼に話した頃から、どうも話題に恋愛話が入ってくるなあとは思っていたし、
休暇中である私のことを、たくさん散歩やらご飯にさそってくれるなーとは思い、そっちの方向か…と
赤ランプが頭の中で点いていて、来週にはちょっと距離置くべさ、と思っていた矢先の先制攻撃。
予想していたとはいえ、直接言われると、頭真っ白。どうしよう、どう諦めてもらおうか、との思いが頭を過ぎり、
私が時折舞台に上がるから特別に思うんだろう、とか、この学校の日本人の中で選択肢が少ないから
私を選んだだけだろう、なんて説得してみるも、彼の鮮やかな論理で否定される。
シンプルに言えば、「そんなの関係ねえ」というやつだ。
なんで諦めてもらいたいのか、と聞かれたら本当に困るけどさあ。本能的なものなのよね。
私はややこしいからやめたほうがいいと言えば、じゃあ何がややこしいのか教えてください、と真剣に返される始末。
…いい質問だ。私にも分からんが、そう言ったほうがいいと思っただけだ。理由はない。


一番じーんと来たのが、私の事を尊敬しているし、応援しているという形でのお付き合いがしたい、ということ。
私の5年来の過去(赤父とのこと)を知った上での決断かと尋ねれば、
その話は私は彼にどうも話していないようだし、彼は私の過去に興味はなく、今の私に惚れたのだという。
話したければ聞きますけど、別に必要ないですよ、と。
私を幸せにします、なんてことは言わず、物件紹介をするように「俺はいい案件っすよ、っていうのも
料理作れますし、面白いですし、何よりまずりりさんと一緒にいて学べるし楽しいのがうれしいんす」
とアピールが来た。うん、それは私もまったくもって同じ意見だ。
話題は尽きず、会って話をする度に死ぬほど笑かしていただいたり、笑かしたりしている。

すべては彼のやり方で、どうも「いや、こないだ読んだ本がとっても興味深かったんですよ、っていうのも以下略」
というような感じで淡々と、笑いをちりばめたように、しかしとってもストレートに報告された感じだった。
本人も、自分はこんな感じで、内心どっきどきして心臓口から出そうでもポーカーフェイスなので、
恋愛の時も相手にあんまり気付かれないんす あはは、なんて言っている。
でもこの感じを変えたら俺じゃないので、変えることもできません、と。


生まれて初めて、笑顔が可愛いだの君の瞳が以下略だから一緒にいたい、とか、見てくれでなく、
私をひとりの人間として魅力的かつ尊敬できると言ってくれる奴に会った。なんということだ。
うれしいなあ。今まで約30年間、とくにここ7,8年頑張ってきた甲斐があったかな。

あんまりにもいい奴なので、私なんぞ選ばずとも…とも思ったが、それを言うと彼をも否定することになると思うので
否定せず、彼に評価された自分を認めて、受け入れることにしようと思う。これも自分にとってはハードルだけど。

私は、すごい。尊敬されるに値する人間なんだよ。がんばったね。って、ここがゴールじゃないけどね。

お付き合いとなると彼の母のようにお世話をするような関係をもっていたけれど、これをもってお開きとなりそうだ。
友人たちにも「りりは彼氏の母じゃないし、相手を変えることなんかできない。
同じ目線で同等に付き合える相手を選びなよ。」と説得されていた、というエピソードもあり…。


問題は、私はドイツで骨をうずめたいし、そして彼は学業を終えたら日本で働くつもりという点。
彼みたいな人格は日本で必要とされるだろうと思う。うまくいい表せないが、奴は、すごくでかい。
だからといって、彼のために無理無理日本に行きたくもないし、私のためにドイツに残る選択肢を
彼が取らざるをえない、というのも絶対にいやだ。ということで、ここはちょっと大変になるかも知れない。


ええっと、まずはお互いの敬語をなくして、ゆっくりと知りあうところから始めようかなあ、なんて思っている。
(年下なれど、その落ち着きはどう見ても20代には見えないので、ずっと敬語で話していたのだ。)
未来は、神のみぞ知る。


…とりあえず、返事を待ってくれている彼に、明日きちんと話をしてこようと思う。
今後の展望やら、彼の考えに関していくつか明らかにさせたい所もあるので、
まあその返答しだいでは、お付き合いということになるかねえ。
いやはや。

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3.Juni.2014

2ヶ月おきの日記かい?と言いたくなりそうな感じだけれども…
いろいろがんばっていました。

まず、卒論を書き終えたのが一番の達成感かもしれない。
最低30ページ、作業期間5週間、という、他の一般的な大学に比べてかなーり楽な条件だったのだけれども、
それでもひーこら言ってしまった自分が情けないような気もする。
卒論提出日が、3週間の教育実習の直後ということもあり、もうどうすればいいのかしら、
と目の前が真っ白になっていたけれど、
教育実習1週目を終えた時点で書き終え、校正をしてくれる友人に回すことができたので、まあ大丈夫だった。
…でも、5週間前に赤ちゃんを産んだばかりの友人が、非常に熱い情熱でもって
私をサポートしてくれた事実には大感謝!ラップトップの前で授乳しながら、助けてくれたよ!笑


とはいえ校正にギリギリになって、内容の訂正が疎かになったのが今回の反省点。
同じ大学にいる人に、かなり頻繁に助けていただいたのだが、なんだか最後のほうには
意識が朦朧としてきて、「もうこれでいいや…」という気持ちになってしまったのは否めない。
提出して1週間し、落ち着いた時点で改めて読み直してみたら、「え、これ前の章でも言及してたじゃん」とか、
「いや、この章の始めに投げかけた問いに対する答えが出ていない上に、内容がぐるぐる回っているよね」
という事態になっていて、情けないやら、悲しいやら。

そのことで打ちひしがれている暇もなく、その卒論のプレゼンテーションが、提出3週間後、つまり今日だった。
ちなみに、うちの大学ではパワーポイントはなるべくなしで、という風潮。
プレゼン20分+質疑応答ということで、一人あたり30分用意されていたのだけれど、
その20分という時間を甘く見すぎて簡単すぎるプレゼン内容にしてしまい、
10分で終了、というなんともイタいことになってしまった。
教育実習では、プランしていた授業内容が多すぎて90分で収まらなかったので、今回のプレゼンでは
少なめに見積もるくらいがちょうどいいだろう、と考えていたのが間違っていた。20分、長い。。。

とはいえ、教授がなんとか頑張って、私が書いた内容を皆の前で発表できるようにうま~く
誘導質問してくれたおかげで、何とか与えられた時間を埋めることができた。感謝。

もちろん完璧にはいかなかったけれど、なんとか乗り越え、ポジティブな評価も得ることができ、
筆記試験もクリアし(でもドイツの一般大学に比べたらかなり楽なレベル)、
何とかこの学科での大卒資格は得られそうだ。


驚きだったのは、定められた日時に卒論を提出したのが、生徒全体の20%以下だったという事実。
延長願も出さずに、「まあ当日に何とか言い訳すりゃなんとかなるっしょ、うちの大学甘いし」
というノリがあったんじゃないかと思う。
流石にこの結果には、いつも温和な教授陣も軽くぷっちんしていた。私も、びっくり。
同じ条件下に置かれている、シングルマザーである私ですら期日提出できたのになあ、
なんてずうずうしいことも少し思ったり…。

更に卒論要項をよく読んでいない生徒が意外にも多い。
卒論のはじめには必ず「要約」をつけること、とあったのに要約なしで提出した人、多数。
提出2日前に「フォントと行間の規定を教えて」とメールリストでまわしてくる人もいる始末。
おーい、卒論規定はだいぶ前にメールリストで回ってきたぞ。受信メール内検索をすりゃいいでないの。
ドイツ人は規律にまじめだというけれど、いやあ、私はあんまり信じないよ…。
人によるのかも知れないけれど。いやはや。


でもそもそも全提出期間を守ることができたのは、私の息子が健康でいてくれて、幼稚園に通っていてくれたお陰だ。
卒論がかけなくて、息子にあたった日もあった。
寝る前の絵本読みを、疲れたからできないわ、今日は寝てけれ、と理不尽に延期した日もあった。
それでもにこにこ元気でいてくれる息子に、たくさん感謝をしたい。

実は今、高すぎる保育費・家賃の大幅な賃上げ、みつからないベビーシッター(見つかっても払えなさそうな予感)、
なぜか減っていくママ友(´;ω;`)のことで、金銭、そして精神的にかなりぎりっぎりなのだけれども、
何とかならあな、と上をにらみつつ頑張りたい。

は、早く働きたい。ぐふっ。あと2年耐えなければなあ。

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6.April.2014

ここまで自分がおばかだと思ったことがない。
赤父と、連絡を取ってしまった。

…というのも、息子に赤父の国の国籍を得て欲しい、との思いからだ。
それを得るには、赤父本人にサインを頼むか、現在もゆっくり動いているはずである、
ドイツ内赤父国大使館→赤父国の家庭裁判所で審議→赤父のサインなしでの赤父国国籍取得(成功率低し)、
という二つの手段がある。

二つ目の手段があまりにもゆっくりなので、フランス語ができるドイツ人の弁護士に頼んで、赤父に直接手紙を送って
サインを頼む(ある意味強要かもしれないが)、という手段をとろうとしていたのだが、
その弁護士と、3ヶ月前にあった最初の話し合い以来まったく連絡が取れない。

というわけで、ええいままよ、と赤父の両親宅に電話攻撃をした、とこういうわけだ。
赤父国には、ドイツのように住居申請義務がないとはいえ、そこに赤父がいるのは分かっていたので。
こちらの番号が知られないように、スカイプを使用する。

英語もドイツ語もしゃべれない赤父母としばらく苦戦したあと、電話口に出てきた赤父。

赤父「よ、元気?今(職業的に)なにやってんの?」

…この段階で、がっくり。お前は、私に、私たちに、何をしたのか、本気で、理解したのか?

彼の声を聞いて1秒の間、3年というブランクがなかったかのような、
妙な親和性が私の中に生まれたのにも、ぞっとする。
そこでうっかり、勉強してるよ、と言ってしまった自分。へー、と大して興味もなさげな返事のあと

赤父「で、俺の息子は元気なの?」


言葉が、出ない…。
そもそも息子の年齢分かってるの?と聞いたところ、ワカンネ、とさらっと返ってくる。

赤父「まあ、そんなもんでしょ。シャッツ。(ハニー、的な意味)」

私は彼のなかで、まだパートナーなのか。。。
背筋がぞおっとするのと同時に、自分の眉間に激しく皺が寄るのを自覚する。

とにかく、こちらの要望を伝え、私達の仲はとっくのとうに終わっていること、
万が一息子に会いたいのであれば、児童福祉局を通して申請するべきだということ、
それにしたってドイツへの入国禁止があるから無理でしょうけどね、と締める。

赤父「おれ、3ヶ月以内にまたドイツ行くよ。息子にも会いたいし、仕事もしなくちゃいけないし、
    国籍のことだって直接会って全部済ませたほうが早いでしょ」

入国禁止については、弁護士に金払ったから何とかしてくれるよ、とのこと。
世の中何でも金で何とかなるんだよ、と非常にほがらか。

このあたりで、完全に感情が全く動かず、反応できなくなった私。
とはいえ、とにかく私は彼に会う気は全くない、あなたからお金は全く期待しておらず、欲しいのはサインのみ、
と繰り返し、息子の国籍取得に必要な書類を送るから、取り敢えず住所を教えれ、と追及したところで
一方的に電話を切られ、会話終了。


ドイツにいる、とは言ってしまったが、どこの州に住んでいるかは奴は知らない。
電話番号も、教えていない。息子の年も教えていない。どこで私が勉強しているかも、言っていない。
とはいえ、さすがにちょっと怖い。
私が今住んでいる町は、彼が10年ドイツで過ごした場所だからだ。
慣れ親しんだ場所に、人は戻ってくるだろう。

…というかな、その「入国禁止」はそんなにあっさりと覆されるものなのか?
そんな暴力的な外国人を、簡単に再び受け入れてしまうような国家なのか、ドイツ?
やっと平穏な日常を取り戻して、自分のために動いていた所だったのに、
奴のせいでぶち壊しになる…のか!?

取り敢えず友人に報告したところ、
「りり、その電話はかける必要なかったよね。」
と非常に冷静な指摘を受けた。いやもう本当に彼女の言うとおり…。
とはいえ、未然に防げるかも知れない情報を赤父本人から得たので、その件で
また弁護士に相談してみようと思う。ええい、卒論やら教育実習準備やらでクソ忙しいときに
ばかをやってしまった自分に腹が立つ。

悪いことが起こるのでは…と大泣きしつつ寝入る私。
っていうか、起こってたまるか。というか、起こらない。大丈夫に決まってる。
お天道様は、誰が正しいことをしているのか、きっと見てるさ!!負けないぞ!

というわけで皆様どうぞ、祈っていてください…。
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4.Februar.2014

日記を放置して暫く経ちましたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか。

私は、相変わらず、いつもお尻に何かの火が点いている状況で過ごしています。

滞在許可:
今日、2月の3日に外人局に行ってきたのですが、もらったのは相変わらず、Fiktionsbescheinigungです。
もう2年以上、Fiktionsbescheinigungと一緒にドイツ滞在しています…。

私は今学生で、日本にいる両親にお金を借りて生きているので、お金の元手は保証できるのですが、
Verpflichtungserklaerung(私は金銭的に保証されています!という証明書)を、仕事で忙しい父に代わって
主婦である母が署名してしまったため、また問題が浮上していました。
「主婦であるあなたのお母さんが資金保証にサインしても意味がない。
稼ぎ主であるあなたのお父さんの口座残高が必要です」
ということで、父が彼の口座残高を日本のドイツ大使館に送り、ドイツ大使館が私の住む町の外人局に
情報を転送するかたちを取っていたのでした。
結局、それが本当に必要だったのかは、闇の中。適当すぎもいいとこです。はあ。

ちなみに、1月31日に外人局から
「ちょっとあなた、前回に約束した日に来なかったでしょ。今すぐに外人局に来てよね。」
という手紙が来たのだけれど、約束した心当たり、まったくなし。
(外人局で、「で、いつの約束のことを言っていたんですか」と問い詰めてみたら、
 「まあそれを今言っても意味がないことでしょ」とはぐらかされた。うーん…)
約束したのなら、100%行ってますよ…。きちんとした滞在許可、欲しいもの。

というわけで今日行ってみた、事前の約束無しでいける窓口では、
正式な長期ビザを発行できないそうな。
長期ビザ発行専門窓口での約束を4月の半ばにしたので、
その時に学生ビザもらえれば…いいな…ははは。

その時にもらえたとしても、もう今ゼメはほぼ最後だけどな!

学生生活:
1月に3週間、小5クラスに教育実習に行ってきた。
思ふ所は色々あるけれど、子供たちと働く事が許される職場というのは、幸せだと思った。
もちろん体力は5倍近く奪われるけれど、あのきらきらした目と、
いつも何か新しいものを発見し、それに感動するという感性と毎日接するのは、
本当に贅沢だし、とても責任感の重い仕事だと思う。

日本語の早口言葉を教えれ、と言われたので、かえるぴょこぴょこを教えてきた。
ドイツの学校で、真剣に机にかじりつき、黒板に書かれた未知の言語(=日本語)を
一生懸命ノートに書き取り、いかに綺麗に平仮名を書き写したか誇らしげに私に見せに来て、
さらに「カエル ピョコピョコ ミッ ピョコピョコ」とかぎこちなく斉唱する
37人のドイツ人の生徒達を見ているのは、なかなか楽しかった。
結構みんな上手に平仮名を書き写していて、びっくり。人生で一番最初に書く言語だろうにね。笑
あとは、簡単な漢字の成り立ちなども教えてみたが、皆真剣に聞いてくれ、
授業に積極的に参加してくれて、とてもうれしく思った。

もちろん、語学不足が原因でもどかしくなった問題が多かったので、悔しい思いはした。
浮き彫りになった問題を解決しつつ、これからもっと勉強しようと思う。


5月末がデッドラインの卒業論文の構想を、本当は昨年末までに教授の所に持っていかなければならなかったのを、
すっかり後回しにしてしまい、今、目の前に積み重なっている書籍たち。頭痛がします。
これを終えねばこの国では生き残れない…と自分を追い込みつつ、がんばろうと思う。

息子:
今2歳3ヶ月、大したルー大柴になりました。

「ままー、赤いヤッケ アオフロイメン?」
(お母さん、赤い上着を片付けようか?)
「ままー、おっきいあかいアオト パーケン」
(お母さん、大きくて赤い車が駐車してるよ)

もう訂正するのも面倒なので、そうね、と毎度答えているけれども、
どうしようかなあ、これ。大丈夫か。大丈夫だろうけど、ちょっとおかしい。

「息子、おなかすいた?」
「ヤー」(うん)
「みかんたべる?」
「ネー」(やだあ)
「じゃありんご?」
「ヤー!」(うん!)

日本語で答えてくれよ、と言いたいが、まあ私に、日本語で会話する相手がいないから、
学ぶのはちょっと難しいのかなあ。


そういえば、息子は今の保育所(年少(0-3)と年長(3-6)2グループ、合計20人弱)に
年少グループの一員として2015年の9月までいる権利があったのですが、
今日、そのまま年長さんグループに持ち上がって、2018年までいることができるという保証を、
くじ引きで得ることができました。

本来なら年少→年長の持ち上がりはないとのことなのですが、今回は特別にあったようで、
2つのプラッツをめぐって、私を含めて5人の年少グループの親が議論した訳なのです。
私はシングルマザーだから優先だろう、なんて考えていたのは、恥ずかしながら間違いだったのです。
皆、平等な権利。絶対にうちの子が!という意気込みも、結構激しく。

うちの子が当選したので、よかった、とはいえ、外れたご両親も、
両親が揃っているからこそ得づらい幼稚園の場所をこれから探さなくてはならないのだよなあ、
なんて思うと、ちょっと罪悪感もありますが。


これからどうなるでしょうか。
またも楽しみです。
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