April 2013

23.April.2013

ふと、ひと月ほど日本に行こうかと思い立ち航空券の予約をしたところで、
8年前に乳癌の手術をした私の母への、新たな癌宣告。今度は大腸癌だという。

日本に行ったら、温泉に行ったり、私の祖父母を訪ねたり、息子を一晩両親に預けて飲みでも…と
計画していたけれど、私と息子が日本に着くころも、母はまだ入院中らしい。
ということで、家と病院の往復をする日々が待っているようだ。


正直言って、私は両親に、人生に関して様々なトラウマを植え付けられた訳だけれど、
こういう状況になると、その事実が「些細なこと」へと変わる。
それが、現在の自分の苦しみを否定するようで苛立たしいような、
自分の心が問題から解放されるのでいいような、確かなのは、現実を認めたくないという気持ちだ。

2度目の癌宣告を聞いたとき、ああ母の「時間」が来たのだな、と
現実を妙に客観的に捕らえ、母の死後を現実的にシミュレーションしてみたものの、
今の私の日常が、急に無音映画のように、淡々と流れていくのを感じた。

息子は、祖母が亡くなってから4日で、安産でこの世の光を見た。
母が死ぬとして、これから起こるポジティブな出来事を、私は、母のお陰であろうと
涙ながらに天を仰ぎつつ、受け止めるのだろうか。

母が死ぬと決まったわけではない。大腸癌が完治する確率は、7、8割であるという。
「二病息災だよ」と、にやにやいつも通りの日常を送ることができる可能性の方が高い。
それにもかかわらず、真綿で首を絞められているような、意外で静かなダメージが私に被さっている。


現実を認めようが認めまいが、楽観的も悲観的にも、つまりは、そういうことだ。
私の母は、一人しかいないのだ。
癌が治るにせよ治らないにせよ、人はいつか死ぬ。

息子も、私の死後に、私を恨みながらもそんな思いに耽るのだろうかと、
ちょっとした安堵と罪悪感を同時に与えてくれる煙草を灰に変えながら、ぼんやりと思う。

30代半ばの兄は兄で、近頃血便が続いているという。
祖父は前立腺癌で亡くなった。
これはあれか、私にも癌細胞の挨拶が近々来るということか。

私は、人は人生で何か意味のあることを成し遂げてから死ぬと思っている。
自分がそこまで辿り着いていない自覚があるので、死に対して恐れを抱いていなかった。
私にはまだ、たくさんやることがある。私は未熟である。よって、私は早死にしないだろうと。

私が死んだら、息子は孤児だ。
私は、何を息子に遺してやれるのか。
私がこれから成そうとすることに、何か意味があるのだろうか。

突然の厭世観と無力感に襲われつつ、日本へ発つ日が迫る。


今息子とできること-旅行に行ったりテーマパークに行ったり、
くだらなくても読みたい本や映画を観きったり、
今したいことを、今すぐにしないといけないような気がしている。
何がベストかはわからないが、手遅れになる前に。
人は、いつ死ぬか分からないのだから。


取り敢えずは、自分自身の癌の検査にでも行ってきます。
健康でいる努力は怠らないようにせねば。