Mai 2015

24.Mai.2015

毎日、自分の本業で苦しんでいる。
たまに担当教授の評価を得て舞い上がるけれど、一人で黙々と勉強していると、
自分よりも若い人が自分より多くのプレゼンの機会を得たり
知識量があったりすることを悔しく思う気持ちを抑え切れずに、勉強部屋で突然喚いたりもする。

5年のブランク。30代からの院生スタート。(周りはほぼ20代。)子持ち。
夏休みに行われる隣国での特講にも、息子の幼稚園が休みだから参加できないし、
もっと長い時間勉強したくても、息子が私を求めるので、できない。

ぐあー!昔は半日を勉強に費やせたのに!!もっと深めたいのに!!!

…とも思うが、そもそもこの勉強を始められるきっかけをくれたのはぱぱ氏であり、
彼自身も私と付き合わなければ一日中研究に没頭できた所を、時間をわざわざ割いて
息子の面倒を見て、人付き合いまでも減らしてくれている。

この状況に感謝せねばならないし、この3人だからこそ得られる幸せというものを楽しまなければならない。

じきに、自分の研究を発表する小さな機会があるのだけれども、
そこで自分の何を表現するのか、と考えている。
勉強している知識、技術を発表するだけでなく、人の心に響く何かを出したい。
聴衆に好意を持ってもらいたいという下心はいけない、それは必ず人に伝わり、鼻につく。
知識やプレゼン技術だけをひけらかしては、また意味がない。

それでは、私の勉強の本質とは何なのか。
それ自体は、人の命を救ったり、人の人生を変えることはできないかも知れない。
所詮は、私が私の自己満足のためにやっていることなのだと思う。
世の中が平和でなければ、聴衆がある程度満たされた生活を送っていなければ
受け入れられない学科だというのは分かっている。

とはいえ、誰かの心の琴線に触れることはできるかもしれない。
「りりが勉強しているこれは、非常に面白いもののようだ。興味深い。自分でも調べてみよう」
と思ってもらいたい。
それをプレゼンする私自身を前面に出すのではなく、その題材の面白みをいかに表現するか。
終了後に、満たされた気持ちで帰途について頂けるのなら、それは私の「成功」だ。


などとぐちゃぐちゃ考えながら、今日も睡眠不足で勉強部屋へ、
そして帰宅してみれば大暴れしている息子にため息。
でも、笑顔を向けられて「まま、ぎゅー。おかえり」と言われると、肩の力が抜けるんだよなあ。
研究書を片手に料理をしてくれ、疲れているのなら仮眠を取りなさいと言ってくれるぱぱ氏にも
感謝。更に、私の生活リズムに合わせてくれる彼にはもう、何とこの気持ちを言えばいいやら。
毎日4時に起こしてすみません…。(私は早朝型です。とほほ。)

それでも、この勉強をするチャンスを得たことが嬉しくてたまらないのだ。
今が一番、人生で充実している時。幸せだ。
30代だからこそできることに、見出せることに自信を持って勉強を続けていきたい。

とはいえ、息子とうさぎ跳び遊びをして以来背中が痛いのも、30代ならではだと思います。笑


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