ついぽろり

5.Juli.2019

かなりご無沙汰しています。
前回の更新までは、ブログを書かずともコメントのチェックや
他の方のブログを読んだりしていたのですが、今年に入ってから
プライベートの日記も2月からストップするほどの怒涛の忙しさで、
色々なことがうまく回らなかった。思った通りにできない、というか。

先日、割と大きめの発表が終わり、猛暑にも関わらず来ていただいた方々には
とてもご満足いただいたものの、一緒に仕事した専門家には三行半に似たものを
突きつけられてしまうという、まあそんな結果だった。
何のために色々犠牲にして、オットに子どもたちを預けて必死にやったのかな、
私のこの60日は無駄だったのかな、私無力だな…とか何とか色々考えて、
まあちょっと号泣した後は、深く悩む暇もなく、ありがたくも新しい仕事の
依頼が来たりして、 ひたすらに猪突猛進という感じだ。

でも頭を使わなきゃね…。あとは家族サービスしなきゃ。

私、完全に日本の「激しく働くお父さん」になってる。
専門上、仕事は夜や休日が多い。ということで、オットが子どもたちの寝かしつけを
メインで担当。今や娘は、夜中にギャン泣きで起きたときに私があやすと
更にオクターブ上で金切り声を上げつつ、私を「ぱぱあ、ぱぱあああああ!」
と拒絶する、という暴挙に出ている。
おかげでオットは睡眠不足、私スヤスヤ。…すみません、ほんと。

車の免許を持っているのも私だけだから、私の予定に合わせて
どこかに遠出する予定を立てる。なんか私、ほんとお父さんみたい。
そうなると、時々私が2人の子どもたちの面倒を見ないといけなくて
その時に2人が思う通りに色々してくれないと、
あー自分は子育て向いてない!やっぱオットに任せないと!と咄嗟に思う。
が、これは間違ってる。子育てって家族みんなでするもんだ。


今度、そんな風に私を全面支持していたオットが、とっても大きな仕事を
担当しそうな空気があるようだ。
日本人として、ドイツ人の子どもの担任の先生。
彼が恐れているように、言葉は足らないとしても、彼の誠実さと、
実際にある子どもたちからの彼に対しての信用は、彼の不安を蹴散らすと思う。
まあ、だめならだめでいい。

世の中には、外国人として、担任になりたくてしょうがないのにチャンスが
来ない人もいるだろう。
そんな中、その話がきたならまず受けてみたらいいと思う。
担任が分かった時点で学校を辞める人がいるなら、その子を見送ればいい。
外国人だとしても、彼を支持する人はかなりの数でいるはずだ。


わ、そうなると私の仕事も調整もしくは選択しないといかんな。
とはいえ、ひとまずハイと言ってから、色々考えるのは後回しにしてほしい。
Raus aus der Komfortzone! (ぬるま湯に浸かってちゃいけない!)
さもないと、新しいもの、新しい自分の能力に出会えない。


とりあえずこれからも、あるがままを受け入れながら、誠実にやっていきます。
私もいい意味で熟してきたなぁ。






 
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息子(7)も
娘(もうすぐ2)も、それぞれ大きくなりました。
娘は、息子に抱っこされて運ばれるのが好きです。 にほんブログ村 マタニティーブログ 海外出産へ
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16.November.2018

考えが頭で爆発しそうになると、ブログを書きたくなる。
そんな自分に気づいたりりです、ご無沙汰しています。


9月から、怒涛の変化が我が家に訪れた。
まず息子は小学校へ上がり、オットはもう一つの資格を取るべく、
働きながら週2で、電車で1時間半離れた町へ勉強に行くことに。
私はこの町の、自分の専門を活かした学校で子ども相手にバイトを始め、
それによって16ヶ月になった娘はベビーシッター(Tagesmutterなので、個人でやってる託児所、が近いかも?)
に、昼過ぎまで預けている。

それに加えて個人的に専門の活動をしているので、バタバタ。
最初はちょこっとだった仕事も、今や有難いことに、学校内の色々な部署の人から声がかかり、
あれもやってこれもやってとお願いされて、30過ぎてしばらくしてやっと、
専門を社会に還元できるという喜びを味わわせて頂いている。

若くて才能に溢れた子が出てくるのを目の当たりにすると、胸がチクチクするのは否めない。
私、別にいなくてよくない?とか。
それでも、こうやって必要とされていることは何を意味しているのだろうか?
と考え込んでしまう。
私の強みは何なんだろう?今やっていることは、私のこれからにどう影響してくるんだろう。

正直に言うと、私が本当にしたいことというのは、ここで働くことではない。
それでも、ここにいるというのも何かのご縁だから、きちんと仕事はさせていただいている。

私という存在がいなければ、そこに成り立つものが成り立たないのだよ、と教授は言ってた。
世界で、こここそが私のもの、という場所を見つければ、人は幸せになれるとも。

いくら私より優れた人が出てきても、そして私にその人のような技術がなくても、
私に代わる人なんかごまんといようとも、それで惨めな思いをしても、
それでも私は、私の専門をやめようとは思わない。
だから、この道でいいんだと思う。

オットは、もうダメだ、潮時だと心が言うまでやれと言われている。
それが明日になるか、死んでも訪れないか、それは分からない。
だから今日できることをしよう。


頑張ります!




7.August.2018

その翌日が、骨髄摂取。この辺で何の検査をどの順番でしたかの記憶は、完全に曖昧。

覚えているのは、ベッドごと、がらがらと、どこかの部屋へ運ばれ、
ベッドの端に座らされたこと。
私の向かいに看護師さんが立ち、動かないよう両肩を抱えられる。
洋服を上げ、腰付近が出るようにされる。

はい、動かないでねー。ちょっとちくっとするよ。の後


ぶす、じゅじゅるるるるる、ズーーーーーーーーー

という直接的な感覚と音が頭を駆け巡り、ビックリする。
そのまま液を取られながら、


おおおおおおおお!なんか、新しい感覚ですね!


などと叫ぶ私。動くな、と再びツッコミが入る。
…もう、何がなんだか。

検査を終えて、今日はお風呂に入らないでと念を押され、病室に戻る。


ここで現れたのが、世にも奇妙な部長医(Chefarzt)さん。
一人でぷらっと病室に現れ、症状に関する軽い問診の後、

「君、職業は何?あ、そう!楽器弾きさん! うちの病院にもあるよ。
入院中にも弾けるように、受付にかけあってあげようか?いいね!すばらしい!」

と朗らかにおっしゃったが、それなりに重症の髄膜炎患者に言うセリフ?それ。
彼の発言は、この状況に一切合ってない。

この人は、後日私が頭痛にのたうちまわってナースコールを押し、
なぜか現れた彼に鎮静剤をお願いしたとき、

「エェッ、鎮静剤?(←素っ頓狂な声で)あ、えっと、それは素敵な考えだね!
 看護師に言っとくわ!お大事に!」


とぬかしていなくなり、私を呆然とさせてくれた。
本っ当ーにどこか頭のネジの外れた人だった。医者以前に、人間性がやばい。
殺意や怒りすら沸かず、呆然と、このまま死ぬのかな、と思った。

この日、脳波検査EEGもした。この時のことは、全く覚えていない。

*

後日、この日の採血によって出たCRP数値が、31だったと知らされる。

Wikiからの抜粋↓
基準値

  • 正常範囲 0.3 mg/dl以下
  • 軽い炎症などが検討される範囲 0.4〜0.9
  • 中程度の炎症などが検討される範囲 1.0〜2.0
  • 中程度以上の炎症などが検討される範囲 2.0〜15.0
  • 重体な疾患の発症の可能性が検討される範囲 15.0〜20.0


上限振り切ってる。

私、なぜ今生きているんだろう…。本当に、後遺症もなく生きている今が奇跡だ。

この日まではまだ、点滴による治療がなかった。
翌日から、地獄が始まる。

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9.Juli.2018



というのは、皆きっと持っていることだと思う。

霊が見える、と言い張って「あの家が怖い!」と演技して過ごした日常があったとか
クラスメイトの鉛筆を無断で失敬して返し忘れたのは自分なのに、
その後 学級会で紛失が取りざたされて、言い出せずに黙っていたとか、
私はやけどしないから大丈夫! とクラスメイト全員の前で、教師が止めるにも拘らず
アルコールランプの火を手でさえぎろうとして、見事にランプを倒して
クラスのみんなに白い目で見られたとか、
スーパーにある透明の袋を、指先につばをつけて湿らせて開けることがかっこいいと思っていたとか、
道を歩いているだけで小鳥が寄ってきて、肩に止まるものだから
お弁当を勝手についばまれちゃって困ると言い張ったとか、



ええ、皆私ですが何か。



もう、思い出すだけで、恥ずかしくて消えちゃいたくなる…。




こういうのを就寝直前に思い出したらもうアウト。
うわあああやめてくれええと叫んで、頭から布団をかぶっても何も変わらないどころか、
弁解をしても家族から胡乱な目で見られるのが痛い。



昔々、そのまた昔、20歳以上年上の人といい仲になったことがある。
当時、当時の彼はいた。
何を思ったか、平行してその独身貴族との逢瀬を楽しんで、
細く長く連絡を取り合っていたのだが、
彼に常識はずれの失礼な発言をしたかどで立腹させてしまい、
暫く連絡が途絶えていたのだが、最近ふと、こちらから連絡してしまった。
で、彼の専門を根本的に馬鹿にした当時の発言について、謝った。

非常に自分勝手だけれども、それで私は満足した。長年胸につかえていたもので。
相手方も、もう私の発言を気にはしていないようだったのは、ありがたいことだった。
また飲もうというお誘いは、「あなたにはもう興味ない、オット以上の人はおらん」
と断った。


私は、オットと一緒にいるのが一番幸せだし、
その独身貴族とは物理的に距離もあるし、偶然にも会う可能性は、ほぼない。
「何か」が起こる可能性はマイナスにふれるほど、ない。

とはいえ、なんとなーくもにょもにょ。
どう もにょもにょかと言うと、そもそも連絡取る必要あった?という点において。




どうやらまた、黒歴史を増やしてしまったようだ。
おばか。


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22.Juni.2018

一人になりたいなーと思うことがある。

子どもも、オットも、親しい友人もいない所で、自分の専門だけで生きてみたい。
ママでもなく、妻でもなく、りり個人として。

体力ギリギリまで働いて、疲れて帰って、晩酌しつつ映画でも観たり、
コンサート聴きにいったりして、好きな時間に寝て、好きな時間に起きる。
ふらりと一人旅をする。知らない地で知らない人としゃべってみる、という。

オットは、一日仕事すると、早く家に帰って家族の顔が見たい!と思うようだけれど、
私は、仕事を請けるととことんその世界に浸って、
家族がいるという現実に戻りたくないと思ってしまう。

子どもといるんだから、合理的なこれがいいとか、健康な食事を作るとか、
部屋を掃除するとか、洗濯するとか(洗濯物干しが家事の中で一番好きだけど)
そういうの面倒!と感情では思う。
でも、やっている。

赤信号とか、車がいなければわたっていいじゃん、と思う。
人が殆どいない道路ならいいじゃん。
でも、子どもがいるから、やる。その場にいなくても、守る。


これが面倒だと思うことがあるんだよなあ。
でも、子どもたちとオットという存在が、
破天荒で適当な私を、現実に繋ぎ止めてくれている命綱なのかもしれない。



おっぱいで寝かせたはずの、トド状態で寝ていた娘が、ぎゃーと泣いてママを呼ぶ。
一瞬「あーくそ面倒だな」と思ってから、笑顔でママに戻って抱っこして、
ほっぺにちゅっちゅ攻撃をする。

気まずくなるくらい長く見つめられてから、にこっと返され、顔に触れられると、
ああこれでいいのかもな、と幸せな気持ちになる。
そんな感じで毎日過ごしています。


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8. März.2017

いわゆる家族というものだけれど、最近、どうもやっぱり付き合いが難しいと思い始めた。

先日母に、私の妊娠のことを伝えたところ、暫くの沈黙の後

「え、だってあんたどうすんの?」

が第一声。
彼女は、我が家が金銭的に恵まれている訳ではないのにどのように子育てをしていくのか、と
言いたかったらしい。
まあ確かに我が家は別に金持ちじゃないし、私も彼も、
彼の奨学金+わずかな貯金、そしてお互いのバイトで何とかしている状態ではある。

とはいえ、その一言を聞いて、ああやっぱりこの人たちと付き合うのは無理だな、と確信。
喜ぶよりも、まず私たちに対する疑念から入るところが特に。
息子の時も、5ヶ月になってからはじめて息子の存在を伝えたのだが、
今回もそうするべきだったのだと後悔。
…うん、あれ、おかしいね。妊娠したって伝えて後悔するって、なんだ。
おめでとうすら言ってもらえない。

私は既婚だし、30代だが、未だに信用されていないことが分かる。
普通、「妊娠したの?おめでとう。それじゃあこれから頑張っていかないといけないね!」
とか返ってくるのじゃないのか。それがぱぱ氏の母の反応だったわけだが。

そういえば、私の兄も、結婚を伝えたときに
「いやー、もう別に今更どうこう言うつもりはないけど、
 できたら就職して職が安定してからの結婚がよかったと思うけどね」
が一言目だった。
それはつまり、ぱぱ氏もしくは私が就職できなかった場合は別れろということだろうか。

父は言わずもがな、一歩先に連絡を絶っている。
最近は、彼の話を母から聞くと動悸が激しくなるくらいの拒絶反応が出るので、
それでいいんだと思う。
彼には「お前にいくら金をつぎ込んだと思ってるんだ」「パスポートをこちらに渡せ」などなど、
色々とよく分からないことを言われたので、こうでもしないと一生干渉されて、よろしくない。

父はまだしも母と兄からも信用されてないんだなー、ということが分かったし、
意外と自分の家族にまだ何か期待している自分がいることもよく分かった。
息子には悪いが、これからじいじとばあばは1組のみとして暮らしていただくことにする。

彼らの中で、私はまだ高校生の私なのだろう。
私はあれから別人になったと信じているし、これからも変わり続ける。

確かに、世話になった人と連絡を絶つというのは自分勝手な行動なのかも知れない。
でも、彼らに恩を返すか返さないか、返すならどのような形でするか、
それを決めるのは、私だ。他人が決め、人に押し付けていいことじゃない。

この罰は、いつか当たるのかも知れない。せめてきちんと毎日誠実に生きよう。
今まで以上に強くあらねば。
abendrot


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20.April.2015

私は今、私が書いているブログを「海外出産」と「シングルマザー」のカテゴリに入れています。
とはいえ、内容がそこへ完全に一致しているかと問われれば、そうではないと思うのです。

というのも、私は法律上では未婚シングルマザーだけれども、1年以来、
所謂内縁の夫がいる上に、現在は生活費を両親に負担してもらっている状態なので、
「完全シングルマザーさん」よりも、絶対的に苦労が少ない。
とはいえ、海外で出産もしたし、母一人子一人状態で暮らしもしたので、
今後海外で出産、もしくは海外でシングルマザーをなさる方の参考に少しでもなるかと、
未だにそのカテゴリーに留まっていると、こういう訳なのです。

*
息子とおしめの話。

昨年の夏あたりに初めて「ぱんつはく」と言い、トイレに行った息子だったが、
その数ヵ月後にまたおしめに戻っていた。今彼は3歳半。
その頃は、1時間に1回するような頻尿状態。トイレは現実的でない状況だった。
こっちは、まあ20歳までに取れればいいやと考えていたので普通に受け入れたが、
最初の「おしっこ行く宣言」から一年経った今、
最近は「息子、ちっち来るからトイレに行く」とか言い出した。
うんちの時も、最近は はっとした表情をしたかと思うと、プライバシーを求めて
物陰に隠れるか、違う部屋に行って扉を閉めたりする。

今回はおむつが外れるのかな、となんとなく思う理由は、
息子の、認知能力が非常に高まってきたからだ。
何というか、急に世の中を理解しだしたので、以前のように無茶をする事ができず、
様子見や観察をする時間が長くなり、行動に慎重になってきたとでも言えばいいのか。
だから、自分の排泄のことも感じ取れるようになってきたのだと思う。
お尻の穴に指を突っ込んだりもしている。あれをすると、おしっこが漏れるのを防げる…らしい。

ちょっとさびしい気もするけれど、まあこれが子供の成長なのだよね。

*

近頃、息子がすてきなことを言った。

「今日は、お空が青いね。雲は、青いお空の後ろに隠れてるんだね」

雲が青いお空の後ろに行くことはない、と言い掛けて、代わりに、
大人になるって、つまらないよなあ、と思った。
それを知っているからといって、何なのか。何も楽しくない。
なあんだ、というがっかりの気持ちが増えるだけ。
子供でいられるということは、なんと幸せなことなのか。
とはいえ、大人になるのも素敵なことだけどね。

ああ、できるだけ長いことそのままで、息子よ…。

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18.Juli.2014

息子もぼちぼち2歳8ヶ月。

トイレのことに関しては、私は全く急いでいない。
というのも、私自身が早くおしめを外そうとされていて、その反動で6歳くらいの時まで
おしめをつけ続けざるを得なかった、という経験があるからだ。

とはいえ、一応トイレについてこられて「ぼくもちっちするの」と言われたら、おしめを下ろしておまるにさせる、
ということはしている。
幼稚園の同じ年代の子達がトイレに行き始めているという現実もあるので、
幼稚園では気が向いたときには行っているようだけれども。
一度、私の友人の1歳上の息子さんの所で一夜を明かした翌日に、ぼくもぱんつをはく、と
頑固に主張されたので試したことがあったけれど、2時間で3つのぱんつを洗濯機送りにするという結果に終わり、
結局はおしめで過ごすに至った、ということもあった。

二ヶ国語背景での言葉取得に関しても、同じ年代の日本人夫婦の子供たちにくらべて日本語が
あまり上手ではないが、そこも私はあんまり気にしていない。
基本的にドイツ語生活なので、ルー大柴状態になることがほとんどなのは、もう仕方がない。
ちょっと耳につくのは、いわゆる外人発音で日本語をしゃべることだ。
でも、それも私が日本人パートナーを得たことで、少しずつ改善されてきた。
今日は「ごちそうさま!」をきれいな日本語の発音で言えたので、非常に感動した。
女性と男性の声で日本語を聞くことによって、日本語本来の発音を早く習得できているのだな、と感じる。
ありがたいことです。


家族って、家庭って何だろう。というのは長年考えていることだ。
私自身の経験からは、うまく定義できない。
というのは、毎週末に家族で顔を合わせるが憂鬱になるくらい、私の両親の仲が良くなく、更に残念ながら
信用できない人たちだったからだ。

今のパートナーとよく話し合うことや、付き合った直後から同棲状態になったという経験から言えるのは、
家族とはお互いの成長を支援しあう生活共同体だ、ということ。
私ひとりだったら、パンひとつの食事でも構わないが、彼が、もしくは息子がいるから
きちんとご飯を作って、サラダまで作って一緒においしくいただく。
ひとりではどんなに部屋が散らかっていても見ない振りをすることができるけれど、
他の共同体がいるなら、相手が気持ちよく生活できるように、部屋をきれいにする。
相手の発展もしくは成長を応援したいから、相手を尊敬しているから、そうするのだ。

自分は、相手にきちんと伝えたい気持ちをじょうずに表現できない。
ありがとう、では今の気持ちを全て伝えきることができないのだ。
私のパートナーも、刻々と変化していく人間として、ポジティブな意味で、昨日相手に伝えた言葉が今日も
適切に伝わるということはありえず、もし「大好きだ」と言うのなら、
それは現時点でのひとつの愛情表現として理解してほしい、と言っている。

それでも、私が相手のために気を遣って行動することで、きちんとキャッチしてもらえるものもある。
とはいえその行動を、当然のことだと受け取るのは自分勝手。感謝を忘れてはいけない。

泣き喚く息子を寝かしつけてくれ、その体験から何かを学ぼうとする、
更に、トイレのふたをしめる、という些細なミッションを私と息子のために果たそうとしてくれる、
夜に私だけが息子の面倒をみるというのは家族として不公平だと言って、彼もその仕事を担おうとしてくれる、
自分が私と息子の間に新しく現れたことでの、息子への影響の大きさの責任は当然取ると言い、
更に行動でも示してくれる、そんなパートナーの姿勢には、もう感謝の一言。

私とパートナーの関係だけでなく、息子を含めた、更にそこから出てくる新しい関係に、
いつもポジティブに向き合ってくれる彼には、ただただ頭が下がる。

新しい運命共同体として加わった私のパートナーを「ぱぱ」と認識してくれる息子にも感謝だし、
私は本当に幸せ者だ。そんな私の影響を受けて、息子の聞き分けもびっくりするくらいよくなった。
一日一日を、相手への感謝を忘れず、きちんと生きていかなくてはいけない。
そんな私たちを支えてくださる周りの人の存在を、きちんと意識しなくてはならない。

そんな気持ちになることができる、人生で一番満たされたな夏を過ごしているりりでした。
科された義務はきちんと果たし、小さな約束も守りながら、きちんと生きていかなくちゃ。

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6.Juli.2014

何だかんだと、例の男性との関係が始まって3週間ほど経った。
そして、私たちは家族になったようだ。

というのも、彼が私たちの所へ毎日のように「帰って」来るようになったからだ。
話せば話すほど理解が深まり、更には学び合い、お互いに気を遣い、サポートし合い、
息子もついには彼を「○○お兄ちゃん」から「ぱぱ」へと昇格させたのだ。

慣れない人にはびびって私の後ろに隠れる息子が、彼には、遠目で姿を確認した時点で走っていって
笑顔で抱きつく始末。
先日は二輪のクローバーの花を摘んできて、「これまま」「これぱぱ」とひとつずつ渡してくれた。
これにはふたりして大感動。
ありがとう、と言ったら、息子は私と彼を「ぎゅー」と言って一度に抱きしめてくれた。


ぱぱ氏は私との関係を始めるにあたり、息子あっての私と付き合っているので、
息子の責任を取るのは当然だ、と言ってくれ、息子との二人きりの時間を作りたいとの提案や、
げりぴーおしめの始末までこなしてくれた。
具体的には、定期的に幼稚園へ送り届けるという役を買って出てくれるようになった。
息子が、私がいない間の不安をぱぱ氏に和らげてもらうという経験を積むことによって、
息子とぱぱ氏の関係をももっと深くしていきたい、という理由からだ。
そしていつか、ぱぱがいるから大丈夫、という安心感を与えられるように。

「これを3回繰り返したらおしまい」「これをしたのならお出かけできる」という小さな約束事も
きちんと誠実に守り、息子がわがままを言って泣き喚いても落ち着いてきちんと対応するぱぱ氏には、
ただひたすら尊敬する。
あーたは私よりも親らしいなあ、と言ったら、数週間やそこらじゃ私の苦労なんかわからないよ、これからでしょ、
と笑って答えていた彼には、もう頭が下がる。

面白いのが、彼がうちに帰ってくる度に、今日私が買った食料品とほぼ同じものが彼の鞄から飛び出してくることだ。
いやあ私たちは本当に似てるねえ、とげらげら笑えば、でもこれに甘えていてはいけないね、と私を諌める彼。
いやもう本当におっしゃるとおり…。

彼との付き合いで明確になったのが、私は感情を素直に外に出せていない、ということ。
悲しい、悔しい、苛立たしい、という感情を押し殺して、
そこに「諦め」という笑顔をかぶせてごまかしていると分かったのだ。
赤父との争いでも、もう泣くとか以前に、もうどうでもいいから早く忘れてしまいたい、という気持ちがあった。
でも、怒ってよかったのだ。
悔しがって、悲しんでよかったのだ。
約30年の人生でまた新しい自分を発見できたことも、とてもありがたいこと。
彼との会話は、心理カウンセリングよりもよっぽどいいセラピーだわな。

無意識に私が求めていたことも、彼を通して分かった。
目覚めたときに、息子とぱぱ氏が抱き合って寝ているのを見て、これだ、と思った。
素朴なしあわせ。ただそれだけだったのだ。

今まで、誠実に生きてきた甲斐があったなあ。
これからも、きちんと良心に従って生きていける自分でもって、一日一日をきちんと生きていきたい。

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15.Juni.2014

困ったなあ、と思うのが、1年来の尊敬できる友達だと思っていた人から気持ちを打ち明けられた時だ。


数日前に失恋した話を彼に話した頃から、どうも話題に恋愛話が入ってくるなあとは思っていたし、
休暇中である私のことを、たくさん散歩やらご飯にさそってくれるなーとは思い、そっちの方向か…と
赤ランプが頭の中で点いていて、来週にはちょっと距離置くべさ、と思っていた矢先の先制攻撃。
予想していたとはいえ、直接言われると、頭真っ白。どうしよう、どう諦めてもらおうか、との思いが頭を過ぎり、
私が時折舞台に上がるから特別に思うんだろう、とか、この学校の日本人の中で選択肢が少ないから
私を選んだだけだろう、なんて説得してみるも、彼の鮮やかな論理で否定される。
シンプルに言えば、「そんなの関係ねえ」というやつだ。
なんで諦めてもらいたいのか、と聞かれたら本当に困るけどさあ。本能的なものなのよね。
私はややこしいからやめたほうがいいと言えば、じゃあ何がややこしいのか教えてください、と真剣に返される始末。
…いい質問だ。私にも分からんが、そう言ったほうがいいと思っただけだ。理由はない。


一番じーんと来たのが、私の事を尊敬しているし、応援しているという形でのお付き合いがしたい、ということ。
私の5年来の過去(赤父とのこと)を知った上での決断かと尋ねれば、
その話は私は彼にどうも話していないようだし、彼は私の過去に興味はなく、今の私に惚れたのだという。
話したければ聞きますけど、別に必要ないですよ、と。
私を幸せにします、なんてことは言わず、物件紹介をするように「俺はいい案件っすよ、っていうのも
料理作れますし、面白いですし、何よりまずりりさんと一緒にいて学べるし楽しいのがうれしいんす」
とアピールが来た。うん、それは私もまったくもって同じ意見だ。
話題は尽きず、会って話をする度に死ぬほど笑かしていただいたり、笑かしたりしている。

すべては彼のやり方で、どうも「いや、こないだ読んだ本がとっても興味深かったんですよ、っていうのも以下略」
というような感じで淡々と、笑いをちりばめたように、しかしとってもストレートに報告された感じだった。
本人も、自分はこんな感じで、内心どっきどきして心臓口から出そうでもポーカーフェイスなので、
恋愛の時も相手にあんまり気付かれないんす あはは、なんて言っている。
でもこの感じを変えたら俺じゃないので、変えることもできません、と。


生まれて初めて、笑顔が可愛いだの君の瞳が以下略だから一緒にいたい、とか、見てくれでなく、
私をひとりの人間として魅力的かつ尊敬できると言ってくれる奴に会った。なんということだ。
うれしいなあ。今まで約30年間、とくにここ7,8年頑張ってきた甲斐があったかな。

あんまりにもいい奴なので、私なんぞ選ばずとも…とも思ったが、それを言うと彼をも否定することになると思うので
否定せず、彼に評価された自分を認めて、受け入れることにしようと思う。これも自分にとってはハードルだけど。

私は、すごい。尊敬されるに値する人間なんだよ。がんばったね。って、ここがゴールじゃないけどね。

お付き合いとなると彼の母のようにお世話をするような関係をもっていたけれど、これをもってお開きとなりそうだ。
友人たちにも「りりは彼氏の母じゃないし、相手を変えることなんかできない。
同じ目線で同等に付き合える相手を選びなよ。」と説得されていた、というエピソードもあり…。


問題は、私はドイツで骨をうずめたいし、そして彼は学業を終えたら日本で働くつもりという点。
彼みたいな人格は日本で必要とされるだろうと思う。うまくいい表せないが、奴は、すごくでかい。
だからといって、彼のために無理無理日本に行きたくもないし、私のためにドイツに残る選択肢を
彼が取らざるをえない、というのも絶対にいやだ。ということで、ここはちょっと大変になるかも知れない。


ええっと、まずはお互いの敬語をなくして、ゆっくりと知りあうところから始めようかなあ、なんて思っている。
(年下なれど、その落ち着きはどう見ても20代には見えないので、ずっと敬語で話していたのだ。)
未来は、神のみぞ知る。


…とりあえず、返事を待ってくれている彼に、明日きちんと話をしてこようと思う。
今後の展望やら、彼の考えに関していくつか明らかにさせたい所もあるので、
まあその返答しだいでは、お付き合いということになるかねえ。
いやはや。

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